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ウラジロハコヤナギ、別名ギンドロ、またはホワイトポプラ、ハクヨウ。葉の裏が銀白色で、木肌も白っぽく、とても美しく大きな木。
風が吹いて葉っぱがいっせいに揺れるのを見ていると、昨日までの不調が良くなっているのを感じた。体調をくずすのは嫌だけれど、乗り越えた後というのは、新しく生まれ変わったような感じがある。リセットかな。
明日からまたがんばろう。 ハーブ園にて。
こどもの頃の夏休みといえば、朝顔。朝顔が咲くころに夏休みが始まって、黒くなった種を採り終えるころ夏休みが終わる。
あるとき、くるくるくと巻いたつぼみが翌朝に大きな花になるのが不思議で、その瞬間を見たいと早起きした。朝顔の鉢とにらめっこ。つぼみがゆるんでくるのが分かった。そのとき「おはよう!」とヤクルトのおばさんが、「早起きだね」と近所のおばさんやおじさんが次々声をかけて、散歩のワンちゃん🐶も吠えていく。妹までが「なにしてるのー?」とやってきて、ちょっと(?)目を離している間に、朝顔は咲いてしまっていた、「あれれーっ」。
あの頃と自分は変わっていないなぁと思いつつ…。
久しぶりに植えた朝顔、種を採取して来年も植えてみよう。
雨上がり。庭の「ティファニー」が咲いた。隣りの「オードリーヘップバーン」はまだ小さいつぼみ。
今日梅雨入り。気圧が急に下がったようでなんともだるいが、本に救われる。
先日引っ越しの手伝いに行った家で、本を何冊かいただいてきた。そのなかのこの2冊、「きっと明日は」江崎雪子、「ぼくのじしんえにっき」八起正道。とてもよかった。どちらも生と死がえがかれてある。こども時代に読むと、ずしんとしたものが心の奥にとどまって、それが人をつくっていくと思う。そういう本だ。
今、本屋さんや書店が少なくなってきているのが残念だ。ずらりと並んだ本のなかから、手にとって選ぶ、出会う。このひとりの時間がとてもいい時間なのに…。
ストロベリーキャンドル。数年前女友達3人で安曇野へ行き、碌山美術館の売店で購入した種。それから毎年咲いている。
その度に、楽しかった思い出がよみがえる。アルプスの山々の美しさ、清々しい空気…、お腹ペコペコで入ったお店の鯉の蒲焼、美味しくてバリバリと骨まであっという間に平らげたっけ。朝の散歩や川の音、絵本美術館やちひろ美術館…。
ストロベリーキャンドルは思い出の灯をともしてくれる。
冬のあいだは萎れて大丈夫かな、と毎年心配するが、毎年元気に咲いてくれるチャイブ。もう長いつきあい。
チャイブを入れて生クリームで作ったポテトサラダ、友達がこれは美味しいって言ってくれたっけ。
昨年新しく植えたセージ。すくすくと育ちとても元気。まもなく開花。
コロナ生活から少し開放され、友だちと久しぶりに会っておしゃべりをいっぱい楽しんだせいか、私も元気。コロナ禍で読んだ本や観た映画の影響もあるのかな。今、前向きで意欲的な自分がいるのがうれしい。